春眠を


12月はじめに買った時計。
そう、某茄子。


本日16時ごろ、祖父が永眠致しました。
昨夜病院へ行けてよかったです。
今日は仕事してたんですけどね、ガチで一番忙しい時期なんで。
仕事を終えて直行、まあ5時過ですから当然間に合わず。
男孫だけにいろいろと可愛がられてきていて……。
でもちょっと落ちこぼれたんでその期待には応えられていないままなんですが。


今際の床へ行くと、不謹慎ですがいろいろ考えてしまいますよね。
老いてなお血気盛んだった人が無力に病床にあり、周囲のものはモニターを見守ることしかできない。
もし意識があったなら不甲斐なさに歯噛みしていたことでしょう。
弱気なところなど見せたがらない性格だったので。
しかし、むしろここまで、よく頑張って生きてもらえたと思うべきなのですが。
少なくとも孫の目には、逆境有りとも充実した生であったと見えたのでした。
ニューギニア方面へ従軍した頃の話を聞かされたことを覚えています。
祖父も多分にもれず、自分の体験を後世へ残そうと考えていました。
その幾ばくかは形となって今も残っていますが……。
子孫に看取られて死ぬというのは、少なくともよいほうの死に方に違いありません。
爆撃と銃弾と栄養失調とマラリアでその世代がほとんど失われていることを鑑みれば、なおさら。
その人がいなければ、今こうしてキーボードをカタカタやっている人間は存在しないのですから。


平和ボケした戦争を知らない子供は、襟を正して将来を見つめるのでした。
これだけ恵まれた国に生きていながら、ここまで品性を失った社会。


遅かれ早かれ僕も生命活動の終わりは来るわけで、その時点に立った価値観で今を生きていたい。
最期に横たわったときに残るものって、少なくとも資産や肩書ではないですよ。
どれだけ周囲の人間に何かをしてあげられたか、伝えられたか、残せたか、そういうことだと。
ここで書くのは初めてではないですけれど、生きる意味っていうことですよね。
そういう意味では仕事が全てじゃないし、もちろん遊びがメインでもない。
謙虚に利他的に、真摯な態度で生きたいんです。
現状は理想とは程遠く、忸怩たる思いになりますが……。


そして、できることなら、これからも生命の輝きを見続けて行きたい。
一人の存在は時間的にも空間的にも矮小なものです。
でも、それは何よりも重く、何よりも尊いものであったりするのです。